『僕が生まれた時のこと』の動画が150万アクセスを突破しました。

本日、『僕が生まれた時のこと』の動画が150万アクセスを突破しました。

たくさんの方の共感があっての結果だと思っています。

本当に、ありがとうございます。

2009年4月に動画をアップし、
2010年4月に10万アクセスを突破、
2011年4月にプレジデント社から書籍化され(この時が40万アクセス)
2012年4月に90万アクセス、そして
2013年4月に150万アクセスを突破。

ということで、どんどん加速度的に反響が広まっていることに自分自身
驚いています。

最初の10万アクセスを超えるのに1年かかったのですが、その辺りから
自然と再生回数が増えていって、気付けば知らない人のブログなどで
紹介されるようになっていきました。

また、コメントも感動的なものが多く、いつしか「親と子のエピソード」
が綴られる自己開示の場のようになっていきました。

そのうち、結婚式で流されたり、2分の1成人式で合唱されたり、
カラオケへの登録、テレビでの放映…などが続いていって、

今では、確実に「自分一人の曲」ではなくなったと感じています。


今でこそそんな反響が寄せられていますが、この曲はそもそも
『ある小学校の1回の授業』のために作った曲。

ソングレターの活動を始めて2年目の2005年、福岡県飯塚市立大分小学校の
5年生のお子さんを持つPTAの方から依頼が入りました。

「今度、小学校で性教育の授業があるのですが、
命の大切さを伝えるような曲を作ってくれませんか?」

当時私は結婚もしていなければ、当然子供も持ったことがありませんので、
そんな自分がどのように命の大切さを表現したら良いだろうと悩みました。

でも、わからないながらも、いろいろな文献を調べたりしながら、自分の
体験を交えて作詞していきました。

そうして生まれたのが、この『僕が生まれた時のこと』。

ちなみに、授業の中で流れたのは、私が自宅のウォークマンで録音した
稚拙な音源でした。(今思うと恥ずかしいです…)

その授業は「助産師さんを呼んでの授業参観」という形だったのですが、
子ども達以上に感動して涙を流していたのは、助産師さんや父兄の方々
だったと聞いています。

「いい授業になったようで、よかった」

正直なところ、私の中ではそれで十分満足でした。


その後は、他の曲と同じようにライブでたまに演奏するくらい。

ところが、何年かしたころ、次第に「結婚式で歌ってほしい」という依頼が
入りはじめます。

そして2008年、ある友人の結婚式でこの曲を歌わせてもらったところ、
深く共感してくれた彼が動画をアップし、それが冒頭の2009年4月に
つながっていきます。

「2005年に作った曲が、4年たって世に出て、さらに4年たって150万人に届く」

活動当初には考えもしないことでした。

一般的な音楽業界の考え方からすると、私のやっている「たった一人の
ための曲(たった一度のための曲)」というのは本当に非効率です。

でも、その『たった一人から始まる曲が、8年かければ150万人の元に
届くことがある』ということを私自身が教えてもらいました。

裏を返せば、「今目の前の人のために作る曲が、数年後に多くの人の
耳に触れるかも知れない」ということだと思います。

※「一人のためにする仕事が、やがて大勢の人の目に触れる仕事に
なるかもしれない」と言い換えてもいいかも知れません。

もちろん、それは二の次三の次の話であって、「いかに目の前の人を
喜ばせられるか」だけに集中すればよいと思ってますが、上記の意識も
頭の片隅に置いておくことによって、より作品のクオリティを上げる
ことにこだわれる気がします。

150万アクセスの曲を歌いつつも、あくまで一人のために曲を作り続ける。

そんな活動でありたいと思っています。


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